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学術英語

金谷健一先生(顧問)のご紹介

このたび,学術英語学会では,金谷健一先生を顧問にお迎えすることとなりました。現代日本における「研究者のための英語」という大きな課題に取り組む本学会としては,金谷健一先生の御業績,そして英語に関する御経験,御見識はこのうえなく貴重なものだと考え,顧問をお願いすることになりました。学会にとって心強い支えとなるものであり,企画・運営について有益な御助言をいただけるものと喜んでおります。

ご略歴と,本学会のために御寄稿いただいた「よい英語論文を書くために」をここに掲載させていただきます。

金谷健一先生

顧問 金谷健一先生

東京大学工学部計数工学科(数理工学専修)卒業、同大学院博士課程修了。工学博士。群馬大学,岡山大学教授を経て,現在,同大学名誉教授。御専門はコンピュータビジョン。特に画像からのシーンの3次元形状の計算において,画像に含まれる誤差の計算に与える影響の評価や精度を最大化する最適化手法を,数学的観点から厳密に解析し,これらに関する多くの英語論文を発表してこられました。米国ケースウェスタンリザーブ大学留学,また,米国メリーランド大学,コペンハーゲン大学,オックスフォード大学,フランス・インリア研究所,スイス連邦工科大学,パリ東大学,スウェーデン・リンシェピン大学の客員研究員を務めるなど海外での研究経験も豊富です。さらに,IEEEフェロー就任,国際学会からの”Most Influential Paper over the Decade Award”受賞,5冊の英語の専門書(Springer社,Oxford大学出版局,Elsevier社,CRC社,Morgan & Claypool社)の出版でもわかるとおり,その業績に対する国際的評価は,文字通り,世界で活躍する研究者にふさわしいものです。人気連載記事『金谷健一のここが変だよ日本人の英語』(電子情報通信学会)や著書『理数系のための技術英語練習帳』(共立出版)にみられる通り,日本の理工系研究者向けに英語の指導も行ってこられました。過去の発表や出版の詳細はホームページhttp://www.iim.cs.tut.ac.jp/~kanatani/の通りです。


よい英語論文を書くために

岡山大学名誉教授 金谷健一

1. 日本人の英語論文の原点は日本語論文

人の英語論文を査読したり,校閲を頼まれたりすることがよくある。そのとき,日本人の書く英語論文が分かりにくいことが多く,それはなぜなのかと以前から疑問に思っていた。最近,その理由が分かりかけた。ネイティブではないから,文法の誤り(特に冠詞や前置詞など)があるのは仕方がないが,それは他の非英語国の人についてもいえることである。しかし,文法がまったく正しい英語でも,日本人が書いたものは意味がよくわからないことが多い。私の分野は情報工学(特に画像関係)であるが,日本人の英語論文は日本語の原稿をそのまま英語に置き換えているようであり,これが原因のようである。こう考えるようになったきっかけは,日本語の論文を査読したときである。日本語は正しいのであるが,やはり意味がよく分からない。だから,それを英語に置き換えても分かりにくいのは当然である。要するに,日本人の英語論文の問題は,日本人の日本語論文にあると思える。

2. 完璧に書いたつもりでも意味が伝わらない

英語でも日本語でも,単語の意味は辞書で決まるのではなく,文脈で決まる。書いている人は,内容を熟知しているから,各単語の意味を,他人も自分が思っているのと同じように理解すると思い込んでしまう。しかし,人はそれぞれ頭の中にある知識が違うから,どう理解してよいか分からないことがしばしばある。同様に,文章の意味も文脈で決まる。例えば「我々は〇〇を使った方法を実験した」とあると,「我々」と「他人(従来の研究者)」がどう違うのかはっきりしない。他人は(〇〇を使う方法を)実験しなかったのに,我々がそれを初めて実験したのか,あるいは他人は〇〇を使うことを思いつかなかったのに,我々が初めてそれを使うことを考えついたのか,などは文脈を見て判断せざるを得ない。しかし,書いている人が意味が明白だと思い込んでいると,追加情報を補足する必要に思い至らない。

3. コミュニケーションの基本は対話

コミュニケーションの基本は対話である。学会やゼミなどの口頭発表では,例えば私が「〇〇」というのはどういう意味ですかとか,「そのようにして」というのはどのようにすることですかと質問すると,発表者はまず驚くが(え,そんなことも分からないのか,えらい先生なのに…),とにかく説明があって疑問は解決する(質疑で発表者は,聴衆が内容を100%理解して,さらなる話題,例えばそれがどう応用されるかなどを質問するかと身構えているので,内容を理解していない人がいることを知るとあぜんとする)。

対話に対して,論文は一方通行なので,書くときは細心の注意が必要である。一つ一つの単語,一つ一つの文章を書くたびに,読む人はどう理解するか,自分が考えているのと違う意味に理解される可能性はないかをチェックしなければならない。これができるためには,対話の経験が必要である。その内容について人と話し合った経験があれば,人は何を誤解しやすいか,どう理解しがちかが分かる。私が英文論文を書くときも,過去の学会発表での質疑,外国の大学でのゼミでの討論,大学訪問者への研究紹介などを思い出しながら,言葉を選ぶ。だから私の英語は基本的には口語で,あたかも聞き手を前にして対話しながら説明するような口調で文章構成する。

4. 日本人は対話が苦手

日本人がこのようなことを苦手とする原因に,学生時代から対話的な研究討論の機会が少ないことがある。さらに,研究発表の「型」が重視される伝統のためであろう。例えば(日本語)論文でも,論文はこう書くべきだという「決まり」が重視され,内容を並べる順序や言葉遣い(くだけた表現を避け,堅苦しく書くなど)を気にする(口頭発表でも内容よりスーツや靴が気にかかる)。このような,読者の気持ちよりも「決まり」(と思い込んでいること)を重視する論文を書くなら,それが日本語であっても,それを英語に置き換えても理解されにくいのは当然である。

そのような論文が通用する要因に,日本人独特のメンタリティーがあると思う。それは,人が書いた,あるいは話した内容が理解できないのは,自分の知識が足りないからだと卑下し,それを公の場で質問するのは自分の無知をさらす恥であると思い込むことである。しかし,書いたことや話したことを人に理解させるのは筆者や話者の責任である。読み手や聞き手には責任はなく,気にする必要はない。質問によって,書き手や話し手は自分の表現が人にどう受け取られるかを知ることができるので,質問は質問者にとってより,むしろ回答者の利益のほうが大きいとも言える。だから,質問することは相手を助けることでもある。

5. 研究のことは研究者間で

日本語で論文を書く人は,正しい日本語でも,内容が専門的だから日本人ならだれでも読めるとは考えないであろう。しかし,英文を書くときは,英語コンプレックスのためか,英語としての正しさを気にしすぎて,正しい英語であればネイティブが見れば分かると思いがちである。だからネイティブに見てもらおうとする。しかし,技術英語はその分野の専門家でなければ無理である。英文校閲業者に依頼すると,形式的に誤りのない英文にしてくれるが,内容的に正しくなっている保証はない(最近,英語としてまったく正しいが意味がなく,しかし論文として体裁が整った英文を自動生成するSCIgenというオンラインツールが話題である)。業者は論文内容まで考えないし,原稿に書かれている内容を(たとえ不必要であっても)省略したりはしないからである。業者や自動翻訳ツールを一概には否定しないが,やはり仲間同士のフードバックに勝るものはないであろう。

6. 分からせるための工夫

読者の誤解を防ぐには,読者がよく知っていることを先に出して,それから新しい内容に移るようにして,唐突さを避ける。そして,説明のためのたとえ話や比喩を積極的に用いる(ちょうど…するようなものである,…が…する場合に似ている,など)。論文にたとえ話や比喩はふさわしくない(軽薄である)と思うかもしれないが,英米人の論文や専門書にはたとえ話や比喩がよく出てくる。読者が分かりにくいと思える個所(そのような個所を検知するには,普段からのフィードバックが必要である)にはそのような工夫が非常に助けになる。

7. 省略によって意味を強調する

経験から読者の反応を予測して,誤解されやすいと思えるところはていねいに書くのはもちろんであるが,分かりやすく書くポイントは,(矛盾に聞こえるかもしれないが)思い切った省略である。具体的には,前後関係から分かるところは可能な限り省略することである。日本語ではそれほど問題ではないが,英文では重要になる。日本語では用語が漢字だから,例えば「AB法を用いて」は全角7文字である。しかし,英文でby the use of the AB methodとすると,スペースを入れて27半角文字となる。もし,前の部分でAB法を用いることを述べているなら,このような句は省略すべきである。それは,ページ数を減らすためというより(学会発表では普通ページ制限があるが),無駄な字句によって文章が読みにくくなるからである。英文は長いほど分かりにくくなり,短いほど分かりやすい。そして,省略によって意味が強調される。というのは,前の文にあるのと同じ文句が現れると,本当に言いたいことがはっきりしないのに対して,重複を省略すると,その文で言いたい新しい内容が強調されるからである。

8. 構文の選択

省略しても意味がよく伝わるためには,語順が大切である。私が英文論文を書くときは,文型をいろいろ工夫する。能動態,受動態,分詞構文などいろいろ試して,前の文と次の文との呼応するところがなるべく近づくようにする。省略した個所やitやtheyで受ける部分は文のなるべく前に置き,前の文のそれに対応する部分がなるべく後ろに来るようにする。このような文型の選択に私は相当の時間を費やす。以前,これを聞いたある人は,技術英語では文章は受動態で書く決まりではないのですか,自分はそう教わってきました,と言った。読み手の思考過程を考えずに,「決まり」に頼ろうとするのがよくない。

9. 文章は短く

文章は短いほど読みやすい。このため,私は同じ内容をいろいろ言い換えた英文を作り,“最も短い“ものを採用する。これにも時間を費やす。細かいところでは,例えば「画像の性質」はproperties of images(3語)ではなく,image propertiesとすれば2語になる。同時に,propertiesの前にtheをつけるかつけないか,imagesをan imageあるいはthe imageにしたほうがよいかなどを迷う必要がなくなる。「画像の性質を考慮して」ならconsidering image propertiesとすればよく,和英辞書を引いてwith regard to…、take…into considerationなどを使えば,長くなって分かりにくくなる。短く言えるということは,その表現が最適であることを意味する。以前に,分野が違う友人からgenomes of leavesとleaf genomesのどちらがよいかと聞かれて,即座にleaf genomesがよいと答えた(私には意味が分からないが)。

10. まとめ

以上のことから,よい英語論文を書くためには次のようなことを心がけるのがよいと思う。

  • ・何か研究したら,それをなるべく多くの人に話す。何か書いたら,それをなるべく多くの人に見せる。学会の場だけでなく,研究室の仲間や知人や,あるいは家族などだれでもよい。このようにして多くの人の意見を求めれば,人は自分の説明や表現をどう受け取るかが理解できる。
  • ・逆に,人の研究を見たり聞いたりしたら,積極的にコメントし,特に自分が理解できないところや疑問に思うことを質問する。これは自分のためだけではなく,相手のためでもある。
  • ・論文を書くときは,読者が目の前にいて対話するような気持ちで書く。まず読者がよく知っていると思うことから始めて,それから新しい内容に移る。そして,たとえ話や比喩を積極的に用いる。
  • ・文章はなるべく短くする。あってもなくても大した違いがなければ除いたほうがよい。

表現は短いほどよい。単語が読む順に文意の流れと一致するような構文を選択する。要するに,読む人の気持ちになって,読み手を助けるように書くことである。これは対話でも同じであり,コミュニケーションの基本である。その気持ちがなければ,よい英語(に限ったことではないが)の論文は書けないであろう。